« 木・森を大切に思う人々 2 | メイン | 北欧集成材から国産集成材へ »

最初の衝撃と、その発展形。

3_1
3_2
 OMソーラー協会が、フォルクスA「木造打ち放しの家」を発表したのは、1994年(平成6年)の秋でした。この住宅をみた人たちの最初の印象は「工事中の建物?」であり「仕上がっていない状態?」というものでした。

 構造材が同時に仕上げ材を兼ね、室内の壁は節の多い針葉樹合板の素地仕上げを以って了とし、構造材を繋ぐ接合金物のボトルや、合板を打ち付ける釘さえも隠されることなく、そのまま目に飛び込んでくるという有様で、それまでの通念からすれば常識的でなく、どうみても工事途中としかみえませんでした。
 それは、パリ・ポンテュウ街において、ペレー兄弟が最初にコンクリート素材そのものを意匠的な手段として用いた「コンクリート打ち放し」が、当時の人々から「これで完成だって?」と疑問を持たれたことに似ていました。

 「コンクリート打ち放し」は多くの人に衝撃と戸惑いを与えながら、やがて市民権を得るわけですが、フォルクスA「木造打ち放しの家」も、最初の衝撃が去り、このテイスト(肌合い)を愛する人が増えるにしたがって、「これで完成だって?」と首を傾げる人は少なくなりました。
 この「未完成住宅」は、今ではひとつの家づくりのスタイルとして、いろいろな住宅雑誌に掲載されるに至っています。
 フォルクスAが実現したことは、素材をシンプルに用いるということだけではありませんでした。過剰な装飾や設備などムダなことにお金を掛けず、住まいにとって本質的に大切なことを重視する考え方にありました。
 たとえば、開口部には思い切ってお金を掛けました。カナダで製作された高性能なアルミクラッド木製窓が用いられました。それまでリゾートホテルや高級住宅にしか使われていなかった窓を、ベーシックハウスに大胆に用いたのです。
 この最初の衝撃から9年。
 フォルクスAは、国産集成材バージョンを生み出すところへと、発展を遂げました。
 新しいフォルクスAは、より考え方を研ぎ澄まし、構造精度を高め、設計はいっそう成熟度を増し、深・進化した日本のシステム住宅として、ひとつの到着点と呼び得るものへと成長を遂げました。新しい特徴は幾つも見られますが、そのひとつとして、仕上げ材に薩摩中霧島壁やほたて漆喰壁などの土壁を利用していることが挙げられます。自然素材である土壁は、同時に健康素材でもあります。また、この間にJパネルやNキッチン、外付け棟ダクトなど、システム性を活かすための、新しい建築素材や設備ユニットがいろいろ登場しました。
 なかでも開口建具「木の窓R5」は、これまでの日本の建具に見られなかったデザイン性と高品質化を実現しました。フォルクスAは、そうした成果を取り込むことで、日本の新しい「普通の家」への道を、また一歩踏み出しました。